　　　　　　　　　　　　有本小児科医院計画概念

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　’９９．９．１４

　昨今は、医院建築の造形の個性化や仕上げのデラックス化が、急速に進みつつあります。医師個人が建築主なので、今後も個性的な造形が増えていくと考えられます。しかし、人間的で機能的な間取りやインテリアを持つ医院は、残念ながらとても少なく、ほとんどは旧来の病院外来や病棟の小型化のようです。医師も設計者も、患者さんを人間として大切に迎える気持ちに欠けていると言われています。
　ちまたでは医療情報があふれ、患者さん自身の持つ医療情報から、専門医思考と施設選択性はますます大きくなっています。この事は、開業医が専門性と医院のアイデンティティーを強調する傾向を強めることになっています。
　特に小児科には様々な問題があります。
　子供は、その社会や集団を担っていく次世代です。子ども時代に文化、生活、教育が豊かに保証された子ども達ほど大人になった時その可能性をより大きく花咲かせることができるはずです。そして、多くの高齢者達が幸せに生涯を過ごすには、そんな次世代の十分なサポートが必要になります。
　しかし近年、乳幼児期に無理に親離れをさせられたためか、成人しても何か不安で、結婚、出産、育児を忘れたような独身を好む風潮が芽生えてきました。米国ではＤＩＮＫＳ(Double Income No Kids)という言葉も聞きます。なにか寒々しい思いがします。　また、家族が核家族化し、子育てをする母親が孤立化している時代にあって、多くの母親はその悩みを誰かに相談することもぶつけることもできないでいます。
　最近は、家庭が空洞化しています。女性が社会に進出して、赤ちゃんを生後５８日より保育園に頼んだりします。保育は、例えば、低年齢保育、延長、夜間、病時、駅前保育など親のための保育になってきているようです。子どもの側の育児が見られなくなっています。子どもや若い母親といつも接している小児科医はなんとなく赤ちゃんがいわんとしていることがわかるそうです。赤ちゃんや子どもの言動は何か大人への訴えが込められているようで、親の関わり合いの不足の証しではと感じることが多いようです。生産、経済、学歴が優先で、心や温かい家庭、子育てが軽視されているのです。
　育児は母親が主役となります。父親は家庭を守り、その中で育児をサポートしていきます。それを社会がサポートするのです。みんなで仲良く手を取り合って育児をするということです。そして子どもは、家族、社会の暖かい育児環境の中でゆっくりと発育していきます。とりわけ赤ちゃんにはもっと甘えたい、育ててもらいたい時期があるようです。人間性というか愛情、温かさが必要です。「仕事」ではなく｢家庭｣をベースにした生活です。
　今、子どもが健全に育つような、母親にも子どもにもよい育児方法や社会のシステム作りを考え、模索する時期が来ています。何が人間らしい生き方か、何が人間らしい生活であり発達なのかを追求しながら、それを基軸として、保証する社会作りをどう進めるかを研究あるいは実践していくのです。昔の家庭が良かったからと時代を後戻りさせるのではなく、違った形で戻る、新しい道を探していくのです。
　社会は育児をする家庭をサポート、つまり、みんなで仲良く手を取り合って育児をするのですが、その、みんなで仲良くできる場のひとつとして小児科診療所を考えています。いまや医院は「座して患者を待ち、来た者の肉体を医学的に診断･治療するだけの場」では片手落ちです。患者さんのまわりの様々の問題などをゆっくり話し、相談しながら診察するということが求められています。患者さんを単に治療を受ける客体と見るとらえ方から、医師と共に治していく主体としてとらえる方向へと変わってきているのです。そして、医師の応接態度はもちろんですが、その場の雰囲気も豊かであるべきです。
　治療の空間でみんなで仲良く育児をする、そんな社会のサポートの一部を担う診療所は全体をオープンにしたいと考えてます。心遣いはもちろん必要ですが「プライバシー、プライバシー」と必要以上に隠し過ぎずに、オープンにして他の子を知ることから、愛などそういったものが芽生えるのではないでしょうか。そうしてオープンな診療所に患者さん達も初めはびっくりしても、通っているうちに分かってきて、みんな一緒に仲良くして、全体にレベルアップして、もっとしあわせではっぴーでらぶりーな住み良い世界になってくれれば…と思います。
　医院を計画するにあたり、治療の空間は、患者さん（お母さん）と医師が共に治して、患者さん（お母さん）達がみんな仲良く手を取り合うソフトでほわっとした、全体を包み込むような空間、家庭的な暖かい感じの空間になります。医院は来ただけで病気が治るような気になるような、オープンでみんなで一緒に仲良く手を取り合える場でアットホームに患者さんを迎えるオープンな住宅のイメージとなります。