姉歯元建築士耐震偽装事件に思う

　　　　　　　　　　　　　　川田耕市アトリエ　一級建築士川田耕市

時折、私どもの事務所は分譲マンションを購入しようと考えている方の相談を受ける。これまで、分譲マンションは値段や広さ・設備などが選ぶ基準であったが、耐震偽装事件以来、地震に対する安全性について問われることが多い。
相談に来られる方は、若い人がほとんどで収入から住宅ローンの限度額もあり少ない予算で購入できるマンションはどうしても中小不動産会社の物件になる。
ご予算もたっぷりあり、高価で広くて豪華な大手不動産の超高層や免震マンションなら心配も無く満足のゆくマンションを購入できるが、どうしても予算が足りない。
中小不動産会社の分譲マンションはどうして安いの？
中小不動産会社は、大手不動産会社の大手建設会社が施工した物件を購入できない客層をターゲットとし、【市場競争】の激しい業界の中で、床面積の割には間取りが多く天井高も低く販売価格を低く抑えた分譲マンションを開発し販売する。しかし、姉歯元建築士耐震偽装事件のヒューザーのマンションは価格の割に広いのが売りで、そこに落とし穴が隠されていた。

どのようにしてコストを下げるの？
分譲マンションは、彼らにとっては仕入れて販売する商品である。では、何を仕入れるの？土地であり建築物で、土地の仕入れ値はコストダウン出来ないので、コストダウンはどうしても建築工事費にしわ寄せされる。
分譲マンションの販売価格は、土地代金と販売経費や設計監理費・建築工事費で構成される。その中で設計監理費は、ほとんどが人件費（医療では医薬分業になり、薬の仕入れが少なくなったクリニックと同じよう）で、建築物の付加価値は設計図で決まり、医師の処方箋のようなもので重要である。
耐震偽装はなぜ起こったの？
姉歯元建築士は、建設会社に便宜を図り設計費や工事費を安くするため、偽装設計をしたことになる（医療研究者が医薬品メーカーの便宜を計らい偽装報告書を書いたのと同じようなもので信じられない出来事）。
その核心は？
彼らは、地震で壊れるときはみんな一緒に壊れるのであれば丈夫に作る必要は無く、安いほうが商品として販売しやすいと考える。古い旧耐震建築物は震度５程度で損傷を受け、倒壊の恐れのあるものもあり、姉歯元建築士の設計した建築物と同程度と言うことで、万が一、倒壊するときはみんな一緒で目立たない。
なぜ、姉歯元建築士は偽装したの？
設計費はその大半が人件費なので本来ならばダンピングできない。建設会社の下請けの場合、建築士の設計業務報酬も価格競争があるようで、設計費のコストダウン（構造計算書を偽装することで構造設計の人件費を省く）や建設会社の便宜を図ることで設計業務を受注したようである。
大変遺憾であるが、姉歯元建築士のモラルが低下したと言うことに尽きる。
社会に大変大きな不安を与えたことと法令違反は、厳しく罰せられるであろう。

建築基準法第1条では、最低の基準を定めて、とあるが安全であり安心であるの？
地震について、法には耐震構造の規定があるが、最低の基準はどんな地震なの？阪神淡路地震、中越地震で損傷を受け倒壊した建築物の耐震性能はどの程度であったの？分譲マンションの設計者は地震に対する【性能説明】を（医師のインフォームドコンセントと同じように）しているの？マンション購入者は不動産会社が住宅品質確保促進法の耐震等級の説明だけで耐震性能を理解出来るの？大変疑問である。
地震に対する性能と言われる中で「耐震」と「制振」、「免震」の違いは？
「耐震」は、一般的に従来の構造方法で地震に耐える構造であるが、建築物に入った地震のエネルギーを柱・梁・壁などにひび割れが入ることでそのエネルギーを開放するが、地震の激しい横揺れが建物内で増幅し、倒壊しないまでも損傷を受ける。阪神淡路地震を8階建てマンション7階に住んで居て経験した方は、ピアノが反対側の壁まで飛んでいたので、早朝でなく夕方の家族団らん時であったら命を落としたであろうと話している。
「制振」は、建築物に入った地震のエネルギーをダンパー（自動車の振動吸収装置としても使われる）などでそのエネルギーを吸収し熱エネルギーなどに変換するので、柱・梁などのひび割れが低減し建築物を守る。ただし、現在の建築基準法では一般的な構造方法としては認めていないが、耐震改修促進法の認定を受けるなど特別な審査を経て、既存建築物の耐震改修や新築に使われる。
「免震」は、建築物と地盤などの間に積層ゴムなどを入れて絶縁し、地震のエネルギーをダンパーやすべり摩擦でそのエネルギーを吸収し熱エネルギーなどに変換する。大地震のときでも建築物に入る地震エネルギーを低減して激しい横揺れも緩和され、家具の転倒や設備の損傷も無く、安全で安心である。中越地震で、小千谷中央病院老人保健施設は、震度７の大地震動にも棚の上の壷も転倒せず、震災直後から平常どおり運営された。

この事件は何を物語っているの？
建築のような受注生産と現場組み立ての不動産は、自動車・家電など大量生産と工場組み立ての消費財に通用する【市場競争】の原理が実現されるのは難しく、医療や航空サービスのように行き過ぎた【市場競争】が好ましい結果をもたらさないのと、同じではなかろうか。
分譲マンションを購入するときや自宅などを新築するときに失敗しないコツは？
それは、直接対話の上、設計者の地震に対する【性能説明】を受けることと、その建築にふさわしい技術力とモラルのある設計者を選定することではなかろうか。